ともに人生を語らう友を求めて さすらいの親鸞学徒 つれづれなるままに
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憎くては 叩かぬものぞ 笹の雪
九州でも、私の生まれた熊本と、今住んでいる筑紫野では、

かなり、気候が違います。

熊本は、西から南にかけて、海に面していますので、

海洋性の、どちらかというと南国の気候です。

しかし、筑紫野は、日本海側の気候風土で、

全国ニュース的に言えば、

「山陰から北陸にかけて、大雪のおそれ」なんて言っている時は、

福岡も降る場合が多いのです。うー、さぶ~。

でもって、表題の句。

「憎くては 叩かぬものぞ 笹の雪」


笹に雪が積もって、今にも折れそう。かわいそうにと思って、

叩いて落としてやっている風景です。

叩く、と言っても、憎くて叩いているのではないのは、あきらかですね。

笹を思えばこそ、叩いて、雪を落として、楽にしてやろうという心遣いです。

同じことが、人間にもあります。

早く我が子を、一人前に育てたいと思って、厳しく育ててくださる両親。

子供のうちは、親の心、子知らずで、反発したりしていますが、

やがてそれが、私を思えばこその厳しさであった、と知らされた時、

あえて憎まれても、恨まれても、厳しく育ててくださったご恩に、

感泣せずにおれません。

子と親、師と弟子、先輩と後輩、などなど。

人を育てるときには、どうしても、優しさと厳しさ、両面が必要なのですね。
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15日は釈尊ご入滅の日
2月15日は、釈尊ご入滅の日です。

最後に説かれた涅槃経には、仏教は法鏡である、
全ての人の、ありのままの姿を映して見せてくれる鏡であると言われています。

仏法を聞くとは、
その鏡の前に立つことです。
そして鏡に映れた自分の姿を見つめていかねばなりません。

自分を忘れ、ただの空理空論を振り回し、知識ばかりの学問になっては
それは仏教ではありません。

「仏道をならうというは、自己をならうなり」と言われます。
仏教を聞き、自分を見つめていきましょう。
日出町の事件が連日報道されていますね
大分県日出町の、幼女遺棄事件が、連日報道されとりますね。

実は、私も、大分まで布教に行くことがありまして、しかも

日出町の、その会場の中の一つなんですよ。

もし報道が事実なら、よほどのことがあって、母親は

このような行動に出たのでしょう。

しかし、因果の道理は、宇宙の真理です。

誰も見ておらんところで、やったことでも、

いつか、必ず、その結果が現れてくるのです。

その事実の重みに耐えかねて、ついに実の母親が、

名乗り出たのでした。

他人事ではありません。

私たちも、まいたタネは必ずはえます。

そして、まかぬタネは決して生えません。

常に、悪を廃し、善を修める、これに心がけていきましょう。

「善因善果 悪因悪果 自因自果」
節分寒波 福岡も大渋滞
2月2日は、九州地方も寒波襲来、福岡の道路も各地で、

積雪やら、凍結やら、大渋滞を引き起こしました。

もちろん、北国とは違って、タイヤもノーマルがほとんど。

ツルン、つるん、すべって、大変でした。

ちなみに、熊本生まれながら、長らく北陸にいた私は、

はいとりますよ、ちゃーんと、スタッドレスタイヤ!

降るて、わかっとんなら、やっぱ準備はせにゃんですたいね。

ところが、まさか、そぎゃんこともなかろばい、と甘く見てか

準備しとらんだった人が、多かったのでした。

しかし、です。

100%必ずやってくるのが、死であり、後生です。

その問題を解決するのが、仏法です。

老後や、年金のことは、みな、さわいどります。

ばってん、若くして死ねば、老後は、関係なかとです。

ところが後生だけは、死だけは、こらもう、100%、必ず来ます。

だったら、なおさら、準備をしておかにゃならんとでは、なかですか?

雪の準備を、考えながら、仏教の目的、について、思いを至しました。
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